Jin's Report 2011

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雨雲

第1戦 4月8日

【移動距離705マイル/約1128km】
“Fiesta Days” Cave Creek, AZ. (PRCA)
“フィエスタ・デイズ”
アリゾナ州 ケイブ・クリーク

試合は金曜日。移動時間は約12時間。にもかかわらず、私はソルトレイクを水曜日に出た。I-15を南下して、途中にあるペイソンという町に立ち寄る。その町に住むショーン・スティーブンスに会うためだ。
3月にユタで行われたゲイリー・レフューのブルライディング・スクールで知り合ったのだが、ショーンは80年代後半から90年代初期にかけて活躍したかつての名選手で、私にとっては先生のような存在だ。彼の現役だった頃の映像や、当時の有名選手の映像を見せてもらいながら、一晩を過ごした。
木曜日の午後、ラス・ヴェガスへ向かう。というのも、ショーンの両親がラス・ヴェガスに住んでいて、そこに一晩泊めてもらうことになったのだ。私はいつものとおり車の中で眠るつもりでいたのだが、ショーンの「どうせ通り道なんだし、親父の家にはベッド・ルームが3つもあって余ってるし、なによりも、親父は日本の刀とか文化が好きなんだよ。だから間違いなく、喜んで泊めてくれると思うよ」という、その言葉のとおりになってしまった。
ラス・ヴェガス南部にその両親の家はあって、私は温かい歓迎を受けた。そして金曜日の朝、朝食をご馳走になった後、ケイブ・クリークへ向かう。

北西からの低気圧で、空は灰色の雲に覆われている。この時期としては、寒い。アリゾナに入ってからは霙(みぞれ)が舞い、さらに雨が容赦なく車のフロント・ガラスをたたきつける。雲から逃げるように南へと車を走らせるが、なかなか雲から出られない。ウィッケンバーグという町を過ぎて、東へ向け始めてから、ようやく車が濡れないようになった。
ケイブ・クリークでは雨は降っていなかったが、晴れてもいない。ただグランドは乾いている状態だったのでありがたかった。ロデオ開始は午後8時。まだ3時間以上あった。


しばらく仮眠をとってから、チェック・インをしにいった。2008年に、私はここのロデオに来ている。そのときはブルに落とされ、ノックアウトされて、脳震盪を起こしている。ロデオ・オフィスにはそのときと同じ女性が待っていた。顔を覚えてくれていて、「久しぶりね!」と声をかけてくれた。カウンターにはこのロデオの優勝者に与えられるバックルが、これ見よがしにと置いてあった。がぜん、モチベーションは上がる。エントリー・フィーは101ドル。私のブルはハニーカット・ロデオ社の#C20 Comanche(コマンチ)。早速ブル・ペンを見に行くと、周りのブルの中でもひときわ小さいのがコマンチだった。
「小型のブル…」水曜日の夜、こういう小型のブルに対応する方法をショーンと話し合っていた。彼は現役の頃、小型のブルに対して絶対の自信を持っていた。その話を聞いた後に当たったコマンチ。「ちょうどいいテストになる!」そう思った。
ひたすら車を運転していて、朝食以来何も食べていないことに気づく。ここにはカウボーイたちに食事を用意してくれるボランティアがいる。開始まで時間もあったので、そこで腹ごしらえをした。日が暮れていくにつれ、気温が下がっていく。シュート裏は非常に狭いこともあって、あまり居場所がない。私は車に戻って、しばらく時間をつぶした。あのバックルをベルトに飾ることを想像していた。

カウボーイに食事を提供してくれた小屋
カウボーイに食事を提供してくれた小屋

グランド・エントリー、ベアバック・ライディングと終わったあたりでストレッチを始めた。いつもどおり、時間をかけて、呼吸を整えながら、伸ばす。シュート裏に戻るとサドル・ブロンコの選手が用意を始めていた。ようやくスペースができたので、私も準備をする。ロープにロージンを刷り込ませ、ブーツにはスパーをつける。ショーンに言われた基本の動きを繰り返す。フリー・アームの位置に特に気をつける…。周りのブルライダーたちも身体を動かし始めている。バレル・レーシングが始まると、ブルがバッキング・シュートに運ばれてきた。
コマンチはまだ来ない。プログラムの順番だと私は最後だ。なるべく、その順番通りにしようとストック・コントラクターも努めるが、相手が生き物だけになかなかそうはいかない。この日のエントリーは12人。私は10番目だった。

出番を終えてシュート裏に残っていたブロンコ・ライダー二人にロープを締めるのと動画を撮ってもらうのを頼んだ。こういうときに、彼らは喜んで手伝ってくれる。協力的な彼らに対して、コマンチは非常に非協力的だった。左向きのデリバリーが嫌いなのか、シュートの中でさかんに顔を後ろに向けようとしたり、蹴り上げたり、身体を横にゆすったり、とにかく落ち着きがない。いったんロープを左手に巻きつけたあと、しゃがんでしまった。また解き、やり直す。また暴れる。アリーナの中を向いてくれない。こうなると、自然とシュートの中にいる時間が長くなる。私にとって嬉しいことではない。早く出たい。
巻きなおした直後、すばやく自分のポジションを取る。彼は暴れたがっているのだから、こちらがそのタイミングに合わせるしかない。一度ゴー・サインを出したが、ゲートは開いてくれなかった。大声で「GO!!」と声をかけて、ようやくゲートは開いた。

#C20 Comanche
#C20 Comanche

待ってました!とばかりにコマンチはターン・バックして向きを変える。そのまま右へスライドするような形で飛ぶと、後ろ足のキック。その後ろ足が着地すると前へ伸びるようにジャンプし、そのまま後ろ足も上がってきて、四足が完全に宙に浮いた状態で横向きに。私の身体も真横に倒れたところで、今度は前後に伸びをする。ベリー・ロールというブルが持つ技の一つだ。よだれを振りまきながら、私を落とすまでにかかった時間は、わずか2秒。その私は、対応すべきことを、まったくできずに終わってしまった。
バックルはおろか、デイ・マネーすら得ることが出来ず、私の初戦が終わってしまった。

しばらく呆然としていた。ギアを片付け、車に戻り、助手席に寝床を整える。明かりのあたるアリーナの近くから車を移動させ、暗がりへ。寝袋にくるまり眠ろうとするが、眠れるわけがない。
そのうち雨が降り始めた。
どうやら、あの大きな雨雲に追いつかれてしまった。

夜が明けて、ストック・コントラクターたちが動き出した。気温5℃。そんな中、あのボランティアの人たちが温かい朝食も用意してくれていた。無論、ストック・コントラクターたちのためなのだが、私を覚えていてくれて、私にも食べさせてくれた。
雨はまだ止んでいない。私は彼らに礼を言って、ケイブ・クリークを後にした。

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