Jin's Report 2011

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ファン

第2戦 4月21日

【移動距離166マイル/約265.6km】
“Clovis Rodeo PBR Touring Pro Division” Clovis, CA. (PBR)
“クローヴィス・ロデオ・PBR・ツアーリング・プロ・ディヴィジョン”
カリフォルニア州 クローヴィス

カリフォルニア州ニポモにあるゲイリー・レフューの牧場で1週間を過ごしていた。
ケイブ・クリークの試合後、まずはサン・ディエゴへ。親類の家で数日を過ごしている間に、ゲイリーとその息子のブレットから電話があった。
「カリフォルニアにいるなら家へ来い」
この1週間はブルライディングの練習に明け暮れていた。この日の朝まで指導を請い、昼前にゲイリーに別れを告げた。

クローヴィスに着いて待ち合わせのレストランに向かうと、友人のリチャードと彼の父親であるランディ・シニア、義兄のトムが一つのテーブルを囲んでビールのグラスを空けていた。トムの横には、PBRのTシャツを着たひとりの女の子が座っていた。彼の娘でエリアーナと紹介された。クローヴィスの隣町フレズノで開催されるPBRのメジャー・リーグの試合を観てファンになったという、そんな彼女の目は輝いていた。間近でブルライダーに会うのは初めてなのだろう。一つだけ空いている、彼女の横の席に私は落ち着いた。
リチャードとランディ・シニアに会うのも4年ぶり、トムとエリアーナとは初めてだ。私が彼らの地元で試合に出る、とメールをしたあと、平日であるにもかかわらず日程を調整してくれて、観に来てくれた。アメリカでは今週末がイースターで、子供たちはすでに春休みだった。

試合開始は午後7時。私はリチャードを連れて先に会場へ向かった。駐車場も埋まっていて、選手もほぼ揃っていた。チェック・インをしにいくと、知り合いのストック・コントラクターのトニーがいた。大声で声をかけられ、巨大な手で握りつぶされそうなほどの握手を交わした。
「ジン、うちらのブルに当たっているぜ」
「どんなの?」
「まだら模様で、小さいブルさ」
「左、右?」
「左」
それだけで十分だった。左と右の違いはデリヴァリー(バッキング・シュートの向き)のことだ。その当たったブルとはシンディ・ロッサー・バッキング・ブルズのC06 Ransom ランソム。エントリー・フィーは165ドル。そのあとシュート裏に向かい準備を始めた。


ロージンをロープに刷り込ませている様子

クローヴィスのロデオ・アリーナは大きい。ここで翌日22日から24日までPRCAのロデオが開催される。カリフォルニアでも大きいロデオの一つに数えられるこの『クローヴィス・ロデオ』は、すでに97年の歴史を持つ。だが、私はそのロデオにはエントリーしなかった。賞金額も高く、エントリーするには昨年や今年の成績で上位にいないと出場できない。ところが、だ。PRCAの小さい規模のロデオに絞ってエントリーをかけていたにもかかわらず、あまりにもエントリーが難しく、出場の機会を与えられない。今週末、クローヴィスのほかにもPRCAのロデオがカリフォルニアだけで2つある。その2つとも、選考から漏れていた。
一方PBRは、40人というこの試合の出場枠の中で、確実に5人は私のような『パミット』の選手を出場させるという規定がある。そのわずか5つの枠をめぐって、どれだけの『パミット』の選手がエントリーをかけたのか私は知らない。試合に出たい、ブルに乗りたい私としては、いわばダメ元でこのPBRの試合にエントリーをかけた。結果として出場できたのだから、これも運だ。
そしてありがたいことに、残り35人の選手のうち、おそらく20人は現在のPBR世界ランキングで上位45人に入っている選手たちだった。強豪ぞろい、といったところだ。

2度首を骨折したブラジル人のパウロ・クリンバーや、NFRとPBRワールド・ファイナルズ共に出場経験のあるベテランのコード・マッコイ、NFRに2度出場したワイオミングのセス・グロース、オーストラリア人のジャレッド・ファーレイ。久々に再会した選手たちと言葉を交わす。
オープニング・セレモニーでは選手全員が派手な演出と共に、一人づつ紹介される。それが終わると、すぐにブルライディングが始まる。私は第2セクションに入っていたので時間がある。車を止めてある場所まで戻り、ストレッチを始めた。

C06 Ransom
C06 Ransom

アリーナに戻ってしばらくすると、ランソムがバッキング・シュートに運ばれてきた。私も準備は整っている。左のデリヴァリーからの、最初のジャンプへの対応の仕方、今朝ゲイリーから指摘された上体の姿勢と動きを確認してからシュートへ向かう。ブルにフランク・ストラップを巻くために、あのトニーが待ち構えていた。「ジン、出番だぞ!」
たまたまだが、光栄なことに私のロープを巻くのを手伝ってくれたのは、かつて『最強のブル』とうたわれたレッド・ロックを持っていたジョン・グラウニーだ。最高のストック・コントラクターの一人でもあるジョンは、そのままゲートマンとしてアリーナに残る。その彼に、ゴーサインを出した。
飛び出したランソムはすぐに向きを右に変える。その動きと、外にかかる重力に対応するために右手をかざし、すぐに次のジャンプに対応するために身体を前傾させるハズだった。
が、その動きを可能にするための両足が一気に外れた。私を振り落とそうとランソムは跳ね、蹴り続ける。ロープを握る左手を支点として彼の背中の上で跳ねまわされたあげく、ようやく振り飛ばされた。顔なじみのブルファイター、ティム・オコーナーに抱え上げられる。8秒を知らせるブザーが、この時点で響く。
この1週間の練習の成果を出せなかった。

シュート裏に戻ると、ビデオを撮ってくれたリチャードが待っていた。残念そうな表情を見せるが、私も同じだった。その先からもう一人、予想もしない人がこちらに向かってきた。カナダのロデオ・クラウン、アッシュ・クーパーだった。最後に会ったのは2008年、しかもサスカチュワンにある彼の家に泊めてもらったときだ。思わず、悔しいライドだったにもかかわらず笑みがこぼれた。握手を交わし、胸をあわす。「なにしてるんだよ、ここで?!」とほぼ同時に、同じ質問が出た。彼は明日からのロデオに出場するらしい。その場で、2008年から今までのお互いの状況を話し合った。私は、ベストもチャップスもつけたままだった。

シュート裏でのブルライダーたち
シュート裏でのブルライダーたち


その後、ロング・ゴー(予選)が終わりショート・ゴー(決勝)へと移る。パウロとセスが決勝に残ったが、そのほかの名のある選手は残らなかった。優勝したのはオーストラリア人のデビッド・ケネディ。予選と決勝の2頭を乗り切ったのは、彼一人だけだった。
片付けを始め、ギアバッグを抱え、車に向かう。選手用の出入り口で多くのファンが待ち構えている。が、彼らの目当てはもちろん私ではなく有名選手だ。サインをせがまれる彼らを横に、私は通り過ぎる。車でリチャードと待ち合わせ、町を出る。入り口から人があふれ出しているバーを尻目に、食事を取っていない私たちはIN N’ OUTへ向かった。ファスト・フードのハンバーガー・チェーンだが、ここは美味い。
「勝てばステーキ、負ければチーズ・バーガー」昔からロデオ・カウボーイの間ではよくそう言われている。
フレズノに住むリチャードの家に着いたのは、11時半を過ぎていた。寝床に入ったものの、落ちたライドを思い返し、眠れなかった。
翌朝、事件は起きていた…。

砕かれた後部ガラス
砕かれた後部ガラス

リチャードの奥さんが、朝起きて私の車を見てすぐにリチャードをたたき起こした。私は、そのリチャードに起こされた。
私のプレリュードの後部ガラスが粉々に砕け、フロント・ガラスには大きなヒビがはいっている。ダッシュボードの通風孔まで粉砕されている。助手席にはソフトボール大の石が残っていた。誰かが、この石を後ろから投げつけ、後部ガラスを突き抜けてフロント・ガラスに直撃し、勢い余ってダッシュ・ボードまで壊したようだ。唖然としてしまった。言葉が出なかった。一体、何が起こったのか???
リチャードとともに近所を歩いてみると、他にも被害にあった車が何台もあった。同じように窓ガラスを割られた車、大きなへこみをつけられた車。みな大きな石を投げつけられている。近所の人々も何人か出てきて、自分たちの車を確認している。被害にあった何人かと話してみると、全部で8台もの車が一晩のうちに被害を受けたらしい。無論、警察にも通報したが、日本では考えられないことにフレズノの警察は誰一人として来てくれなかった。被害を受けた人たちは、私やリチャードも含めてみな憤っていた。

気持ちが収まらない中、二人でトムの家へと向かった。リチャードの家から2分もかからない。ガレージでブルライディングのこと、車のことを話していると、中からエリアーナが出てきた。「ジーン!!!」両手をいっぱいに広げて、最大のハグをしてくれた。
「昨日の夜は楽しかった?」
「とっても!でもね、ジンのライド見れなかったの。寒くなってきたからジャケットを取りに行っていたの」
「あ、そりゃ良かった。だってオレ落ちちゃったからね」
話を聞いていたトムが横から「なにかお願いがあったんじゃなかったっけ?」
急に思い出したように、彼女は中に飛んで行き、昨夜のプログラムを持ってすぐに戻ってきた。
「ねぇ、これにサインもらえる?」

名前のスペルを聞いて、その下にサインをしてあげると、なんとも言えない笑顔を返してくれた。この瞬間、ライドのことも車のことも正直、頭の中から消し飛んだ。
叔父であるリチャードが「オレのサインもいるかい?」と彼女に聞くと、「ブルライダーじゃないから、絶対いらない!」と言ってプログラムを大事に抱えて、また家の中に戻っていった。
来月10歳になるという彼女が、私のファンになってくれた。
大事なファンが、また一人増えた。
とても、ありがたかった。

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