Jin's Report 2011

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3.31

第9戦 7月4日

【移動距離16.8マイル/約27km】
“Western Stampede PBR Bullriding” West Jordan, UT. (PBR)
“ウェスタン・スタンピード・PBR・ブルライディング”
ユタ州 ウェスト・ジョーダン

おとといのオークリーでの感触を忘れる間もなく、次の試合。しかも私が生活している町から30分ほどで、その会場につける。
昨年もこの試合にエントリーをかけていて出場が決まっていたが、背中のケガが理由で出場を辞退した。今年の出場枠は昨年よりも少ない35人。この週末、全米のあちこちでロデオが開催されていて、PBRのイヴェントもこの日だけで3つもある。選手が散らばる事は予想できたので、出場できるとは思っていた。

試合開始は7時半。4時半過ぎから自分の部屋でストレッチをはじめ、5時半に家を出た。会場に着き、ロデオ・オフィスにてエントリー・フィー165ドルを支払うと、オフィスの女性に、私が、オープニング・セレモニーで特別に紹介される3人のうちの一人だ、と告げられた。しかもプログラムには、私が35人の最初に出るとある。ということは、すべてを早め早めに準備しないといけない。というのも、その『特別な3人』というのは、選手紹介で最後にまわる。オープニング・セレモニーからライドまでの時間はそれほどなく、その前にブルはシュートに運ばれるので、ロープを巻いておかないといけない。
今日は複数のストック・コントラクターがブルを連れてきていたが、私は269 Magic Man マジック・マン、という名前だけ手に書いて、オフィスを後にした。
ブル・ペンの近くでは、すでにブルファイターのルイとアーロン・ハーゴの二人が準備を始めていた。リーハイのときと同じペアだ。私もシュート裏に行き、自分のブルを確認し、準備を始めた。ロープを出してロージンを刷り込ませ、一度プレリュードに戻り、再度ストレッチをする。やはり家を出る前にしておいて良かった。最初のセクションに私の名前があることは、あらかじめ予想していた。ただ、一番に私が出るとは思っていなかった。

ストレッチを終えてシュート裏に戻り、救急隊員の一人に右脚の付け根から腰にかけてテープを巻いてもらった。それからブーツにスパーをつけ、左手首にテーピングをする。ここまで準備をすれば、あとは間際まで待つだけだ。
そこへシュート・ボスがやってきて、オープニング・セレモニーの説明があった。特別に紹介される選手は私と、メキシコ出身の選手と、昨年のPBR世界ランキング10位ワイリー・ピーターソン。ワイリーと顔を合わせるのも久しぶりだった。アイダホ出身の彼は、PBRにしか出場しない。ここ数年、毎年PBRワールド・ファイナルズに出場し、常に上位にい続けている。会うたびに近況を話しながら、「Keep riding!!」と励まされている。
彼のような選手が、どのように準備からライド直前まで自身をもっていくのか、シュート裏で学べる事は多い。ライドから逆算しての時間配分において、ストレッチ、リラックス、チャップスの着装、そして集中、ヘルメットをかぶり、バッキング・シュートにいるブルにまたがるその瞬間まで観察することで、自分と彼の違いを見つけ出し、盗めるものは盗む。ワイリーも最初のセクションに名前があったので、私とほぼ同じ時間で準備をしないといけない。この日は、二人ともデリヴァリーも同じ左側。私と動線が重なる。
そのワイリーが選手を呼び集め、輪になり、選手全員がケガなく無事にアリーナから帰ってこられるよう、お祈りをした。彼は敬虔なカソリックだ。私もこういうときは、参加する。

さすがに独立記念日とあってスタンドは満員!
さすがに独立記念日とあってスタンドは満員!

7時を過ぎて、グランド・エントリーとして、男性の騎馬隊による演技が行われた。みな星条旗を模したシャツを着ている。今日はアメリカの独立記念日だ。その合間に、ブルが運ばれてきて、マジック・マンもシュートに入った。私も彼にロープを巻いた。
それが終わると選手がデリヴァリーの間にある通路に呼ばれ、オープニング・セレモニーの準備に入る。全員が一度チャップスとヴェストを着用しないといけない。縦一列にならび、名前が呼ばれるとアリーナに出て行き、カウボーイ・ハットを取って観客に向けて振る。そのまま立ち止まることなく、アリーナ横の出入り口からシュート裏にぬける。
私たち3人が紹介されたのは、そのあとだ。ロデオ・アナウンサーが一人づつ簡単な紹介をする。私の場合はPBRで唯一の日本人ブルライダーであることが告げられ、名前が呼ばれるとアリーナに進み出て、ハットを取り一礼し、その場で立っている。最後にワイリーが紹介されてから、3人揃って退場する。

269 Magic Man マジック・マン
269 Magic Man マジック・マン

シュート裏に戻ると、ハットを置いて最後の準備を整える。水を飲み、自分のブルのシュートで待つ。アリーナでは巨大な星条旗がボランティアの人たちによって広げられ、国歌斉唱が行われた。そのあと、ブルファイター二人が紹介される。ウェスト・ジョーダンの隣町に住むルイに関しては、盛大な歓声が浴びせられた。『地元』とは、こういうことなのだろう。
そして、私の出番がきた。
マジック・マンは、背は低いが肩幅は予想より広い。首の太さが目立つ。PBRのブルにハズレはないが、こいつはいいブルだ、と思った。ロープを手に巻きつけてから、時間をかけることなく出る体勢を整える事ができた。ゴー・サインを出した。
ゲートが開いた瞬間、彼は飛び出してすぐに左へターン・バック。とんでもない速さだ。ゲートが完全に開ききる前に、シュートのすぐそばで左へ回りこむ。私の身体は傾くが、右腕を大きく真上へ持っていき、同時に右脚の位置を前へずらして、ロープの上からケツを離すことなく、そのスピードと回転についていく。Into my hand イントゥー・マイ・ハンドという内回りのブルに対処する乗り方だ。さらに左へ回り続けるそのスピードに対して、前傾姿勢を保ちついていこうとするが、致命的なミスを犯した。フリーアームの右腕が下がりすぎている。その重さと流れから自分の身体をブルの中心から外してしまっている。こうなると、ロープを握る左手からケツは離れてしまう。すぐに右腕を真上に持っていこうとするが、すでに遅い。そのまま投げ出され、見上げる私の真上を、彼の後ろ足が弧を描いていく。ブルファイターの二人が私を守ってくれていたおかげで、マジック・マンはなおも暴れつつも、反対側へ走っていった。
私のすぐ横にいたルイと顔を合わせるが、お互い笑っていた。出た直後は良かった。最初の二回転は対応できていた、乗れていた。ブルの活きのよさに、笑うしかなかった。

シュート裏に戻り、ワイリーを見届ける事にした。私と身長もさほど変わらない。しかも左手で乗る。左側のデリヴァリーからのブレイク、そして続くドライブ、どういう身体の動かし方をするか、見たかった。もちろん、動画にも撮った。
結果としては、彼も8秒乗りきれなかった。が、幸いブルの動きがほとんど私のブルと同じだったので、イントゥー・マイ・ハンドのお手本を見せてもらうことができた。これは収穫だった。
しかし、この日35人のうち、8秒乗りきれたのはわずか4人。決勝に進むのは12人。こういう場合、その4人はもちろん決勝に進むが、残りの8人を落ちたとはいえ何秒乗っていたかで競う。ワイリーは選ばれた。そして12番目に選ばれた選手のタイムが3.58秒。私のタイムは3.31秒だった。


決勝ラウンドを見守る選手たち
決勝ラウンドを見守る選手たち

その決勝。12人全員が8秒乗りきれなかった。
これほどまでに、ブルが圧勝して選手が完敗するのを私もあまり見たことがない。ワイリー以外に有名選手が出場していなかったとはいえ、これはひどすぎる。かといって、選手がまるで最大限のパフォーマンスをしなかったといえば、それはない。私たちはプロであり、観客には応えなければいけない。ブルのレベルと、選手のレベルに違いがあった、というしかない。ただ選手サイドでいえば、こういうブルと闘って勝たない事には、上には行けない。私もPBRにおいて、パミットからカードにはなれない。

10時。独立記念日を祝う花火が上がる。
それを最後まで見ることなく、私は早々に引き揚げた。

 

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