Jin's Report 2016

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復帰を決めた理由

第1戦 6月26日

【移動距離29マイル/約49.4km】
“Lehi Round-up”Lehi, UT. (PRCA)
“リーハイ・ラウンド・アップ”
ユタ州リーハイ

引退して、どうしよう?と戸惑いながらもアルバイトを続けて、でも結婚したから嫁さんとの生活もあるし、二人でお店でも始めようかという話もしたし、それでも色々なことがあって、思うように事が運ばなくて、結局アルバイトするしかない日々が続いて。
ケガした身体が治ってきて、竹田塾で体調を整えるためにトレーニングを始めたときに、30代半ばを過ぎたアスリートたちと話をしていると、やはり『引退』のことを考え始めない日はないって話してくれた。彼ら彼女たちは、オリンピックやワールド・カップに日本代表として出場したような選手たちで、そんな人たちと話し合えるだけでもありがたいのだけど、話し合ってみてふと自分のことも考えてしまった。
そして決まって聞かれるのが「なんで辞めたの?」って一言。

2014年10月のカリフォルニア州サン・ディマスでの試合で、ブルに左胸を踏まれて、救急車で病院に運ばれて、そのとき一緒にロデオを周っていた妻に、ものすごい心配をかけてしまったこと、身体が健康なうちに引退することが、妻のためだと思ったことが辞めた理由でした。
自分の目標を達成できていないという心残りはあったけれど、このときはこのときで決心していました。
でも……。
「私と結婚していなかったら、例えケガしてでも続けていたでしょ?」という、妻からの質問に何も答えられない自分がいたことも確かです。
それでも2015年はどこにも行かないで、日本で生活するという約束を妻としていたので、ブルライディングやロデオとは無縁の生活をしようと思っていたけれど、気がつくとSNSで送られてくるブルライディングの動画を観たり、PRCAのウェブサイトでユタの友達が活躍しているのを確認したり、ブルライディングを気にしない日が無いくらいの日々でした。
「私を(ブルライディングを)辞めた理由にして欲しくない」そう妻に言われたのが、2015年の春先でした。もうかれこれ1年以上前の話です。



それから竹田塾に毎週通い始め、2016年の復帰を目指してトレーニングを再開しました。
渡米のための資金を少しずつ貯め始めました。
もう一度、挑戦したい。PRCAで一勝したい。バックルを獲りたい。
変わらない目標と、消えていない情熱と。
妻の心の中でも、ものすごい葛藤があったと思うし、復帰しても良いと言ってくれたとはいえ心配が消えたわけではないので、本当は行って欲しくないという思いもあったと思う。それでもぼくのわがままを聞いてくれたことに、心から感謝しています。
1年以上かけてトレーニングして、迎えた初戦はいままで何度も出場したことのあるユタ州リーハイでの『LEHI Round Up リーハイ・ラウンド・アップ』でした。
結果は2秒。
これがその動画です。

翌日の試合も3秒で落ちました。
今回の滞在期間は3か月ではなく3週間です。
残りの2週間で、出場が決まった試合は2試合。
7月4日(月) ユタ州ウェスト・ジョーダン (PRCA)
7月8日(金) ネヴァダ州エルコ (PRCA)

行ってきます!


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