Jin's Report 2011

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第15戦 7月28日

【移動距離108マイル/約172.8km】
“That Famous Preston Night Rodeo” Preston, ID. (PRCA)
“ザット・フェイマス・プレストン・ナイト・ロデオ”
アイダホ州 プレストン



トラッキーから一日でソルト・レイクに戻ってきた。またショーンの家に行き、バレルで練習を重ねる。たまたま練習仲間のダスティン・ジャクリンも、同じ日にこのプレストンに出場するというので、彼と彼の両親に連れて行ってもらうことになった。
ロデオ当日。I-15の夕方の混雑を見越して、ショーンの家の近くで3時過ぎに待ち合わせをした。

 That Famous Preston Night Rodeo
That Famous Preston Night Rodeo

I-15を真っ直ぐ北上し、途中からハイウェイ91号線に入り、ユタとアイダホの州境を越えて最初の町が、プレストンだ。予定通り、3時間ほどで着いてしまった。ロデオが始まるまで、まだ2時間もある。選手用の駐車場にも、それほど車が止まっていない。ロデオ・グラウンドの横ではカーニヴァルが開催されていて、まだ静かなこちら側とは対照的に、歓声が聞こえてくる。
シュート裏にも誰もいない。ロデオ・オフィスも開いていない。あたりをぶらついていると、バー・T・ロデオ社の責任者ジェフ・フリットンがいたので、私のブルのことを聞いた。この夏は、このバー・T・ロデオ社がストック・コントラクターを務めるロデオが多い。
「今日のブルはターボだよ」そうジェフに声をかけると、「またいいブルに当たったな!彼はオレの持っているブルの中でブッチの次にいいブルだよ」
“The second best after Butch.”という言葉で、ストック・コントラクター自身が今日の私のブル37 Turbo ターボを表現した。ということは、間違いなくいいブルだ。早速ブル・ペンにターボを探しに行った。まだら模様で、それほど大きくないはないが、しっかりとした角を持ち、見た目のいいブルだ。

ロデオ・オフィス(左)と選手向けの食事が提供された場所
ロデオ・オフィス(左)と
選手向けの食事が提供された場所


それから、ダスティンと共に選手向けに用意された食事を食べに行き、7時半少し前にロデオ・オフィスが開いたので、エントリー・フィー161ドルを払った。一度ダスティンの父親のトラックに戻り、そのそばの芝生の上で寝転がる。20分ほど昼寝をしてからシュート裏へ向かった。
先日のトラッキーの試合で知り合ったばかりの、カリフォルニアの選手3人が来ていた。それほど広くはないシュート裏で準備だけは始める。この日もプログラムには、種目の合間にいくつかのアトラクションが予定されていた。ブルライディングまでには時間がある。ロープを出して、ロージンだけ刷り込ませ、残りの準備は後に回した。
8時半、ロデオが始まった。シュートに登ってスタンドを見渡してみると、ほぼ満席だ。しかも奥行きがあって、このアリーナがかなり大きいことに、初めて気づいた。オープニング・セレモニーの次の種目は、ベアバックではなくサドル・ブロンコだった。それを観終えてから、先ほど昼寝をした芝生へ戻り、ストレッチを始めた。
戻ってくると、ベアバックの途中だった。サドル・ブロンコの選手が帰っていったために、シュート裏にもスペースが出来ていた。再び準備を始めて、出番に備える。ブルがデリヴァリーに運ばれてきたのは、それからしばらくしてからだった。左向きのデリヴァリーにターボは運ばれてくる。私も、そちら側へ移動した。
ダスティンのブルも同じ左向き。彼のブルは、私が今年のオークリーで当たったゴー・ダディ。左手で乗る私のときと同じパターンで動くかどうかは、わからない。ダスティンは右手で乗るし、シュートの位置もこことオークリーとは逆なので、左へ進んだ私の時よりも、スペースがない。
そのダスティンが先に出た。ゴー・ダディは回り込むことなく、まっすぐに飛び出して強烈なジャンプを繰り返す。ダスティンもついていく。4度目のジャンプで左へのコーナー。ここまでは彼もついていった。しかし、次のコーナーでロープを握る手がすっぽ抜けた。宙を舞い、ダスティンはグラウンドに沈んだ。

シュート裏にて
シュート裏にて

ここから私が乗るまでが長かった。順番の変更と、中断もあって、ずるずると間延びしていく。結局私の出番は最後になった。ターボも待たされて、苛立っていたのだろうか。私がロープを締め付けているときに、首をもたげ、私のヘルメットの前面にぶっといコブをぶつけてきた。一瞬、頭がクラッとするが、集中が途切れることはない。ダスティンに手伝ってもらい、ロープを巻きつけた。昨夜の練習でショーンに指摘された足の位置を確認し、ゴー・サインを出した。
ゲートが開いて一歩を踏み出すと、すぐに左へのコーナー、そしてそのまま左へ回る。右足を外して一度スパーを入れる。戻したその直後、左足が外れてしまった。そのまま振り回されて、『井戸』の中へ落ちていく。左手がロープから離れるか離れないかというときに、私の真後ろに回り込んでくるターボの頭がある。彼の左の角が私の後頭部を突く。どう狙いを定めたのか、ちょうどヘルメットで覆われていない部分だ。衝撃を感じるも、そこにいてはさらに危険な目に合う。身体を反転し左手で立ち上がろうとするその指先に、彼の後ろ足が降りてくる。ブルファイターの一人に、地面から何かを剥がすかのような形で身を引き起こされて立ち上がり、逃げた。自分が出たシュートに戻り、うずくまる。最初はなにが頭に当たったのか、分からなかった。てっきり蹴られたものだとばかり思っていた。救急隊員の人たちをはじめ、バー・T・ロデオ社の人たちも心配そうに私を見つめていた。「動かずに、じっとしていろ」の声があちこちから聞こえる。シュートの真上にあるVIP席の観客も、身を乗り出して私を眺めている。ヘルメットを脱ぎ、後頭部を右手で押さえていた。息が落ち着いてから、その右手を前に持ってくると、血で手のひらが染まっていた。出血があふれている、という感じではない。しかし、すでにその部分が膨らんできているのは、分かった。5分ほどその状態で待たされ、ようやく立ち上がらせてもらえた。両脇を救急隊員に支えられ、自分の足でアリーナを出る。そのまま救急車へ向かい、簡単な治療を受けた。
ダスティンと彼の父親がギアをまとめてくれていた。母親は救急隊員と話し合い、これからの帰り道での注意事項を確認していた。病院へ搬送することも考慮してくれたが、私が断った。アメリカでの病院治療は、よっぽどのことがない限り、避けたい。

37 Turbo ターボ
37 Turbo ターボ

プレストンを出たのはもう12時近くだった。カーニヴァルの明かりはまだ点いていて、相変わらず歓声がこだましている。こういうときに、自分で車を運転せずに帰れるというのは、ありがたい。トラックの後部座席で、氷を後頭部にあてながら、つくづくそう思った。ダスティンと彼の両親に、感謝した。
コブらしきものが、後頭部にできあがっていた。
脳震盪は起こしていなかったが、眠るべきではない、と思った。
帰り道が、余計に長く感じられた。

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