Jin's Report 2011

□ □ □ ■ □ □ □ □ □ □

デイブ

第18戦 8月13日

【移動距離93.5マイル/約149.6km】
“Cache County Fair and Rodeo” Logan, UT. (PRCA)
“キャッシュ・カウンティ・フェア・アンド・ロデオ”
ユタ州 ローガン




この夏、まだ一度も8秒乗りきれていない。さすがにここまで落ち続けると、このレポートを書く筆も重くなる。
4時半に家を出た。この日も、この家には大勢の親類が集まってきていた。ルイの父親であるデイブの容態がよくなく、みな心配して毎日のようにデイブの顔と様子を見に来ていた。私が家を出たときは、デイブは子供のような顔で眠っていた。

レガシー・パークウェイというハイウェイを通って、北へ向かう。I-15との合流地点で渋滞に巻き込まれた。長い車の列が続いていた。先が見えないくらいだ。数マイル先で、キャンピングカーをつないだSUVが横転していた。北方面の車線にいるにもかかわらず、SUVは反対の南を向いていた。どうやって転がったのか、まるで想像できない。消防車2台、パトカー3台が周りを囲んでいた。
この渋滞を抜けてからはスムーズだった。途中からハイウェイ91号線に入り、さらに北上する。山を越えて、盆地に入る。2週間前のプレストンへ向かった道と同じだ。ローガンはその途中にある。
町の中心部にフェア・グラウンドはあったが、選手用の駐車場への入り口を探すのに手間取った。結局グラウンドを一周するハメになってしまった。駐車場に辿り着き、プレリュードをとめて時計を見ると、まだ7時前だった。ロデオは8時から。余裕を見て、家を出ておいてよかった。
チェック・インを済ませにロデオ・オフィスへ向かった。エントリー・フィー141ドルを支払い、ブル・ペンに私のブルを探しに行った。バー・T・ロデオ社の508 Replay リプレイ。小型の黒牛で、背中に一筋の白い線が入り、顔にも白い模様が入っている。写真に彼を収めてから、選手用の食事が提供されている場所へ行った。ここでもメニューはBBQポーク・サンドイッチだった。ほとんどの会場で、選手に提供される食事といえばBBQポーク・サンドイッチなのだが、不思議なことに、というか当然なのか、一つとして同じ味のサンドイッチはない。ボランティアの方々が無料で提供してくれる、こういう食事は本当にありがたい。

ローガンでのBBQポーク・サンドイッチ
ローガンでのBBQポーク・サンドイッチ

車に戻り、ギア・バッグを取り出してシュート裏へ向かう。ロデオ写真家のジム・フェインがいつものように写真を展示していた。彼も、奥さんと共に多くのロデオ会場に足を運び、写真を撮り続けている。WNFRにも選ばれた写真家の一人だ。この夏も何度も顔を合わせていたので、彼らも私のことを覚えてくれている。以前一枚だけ購入し、日本での多くの取材に対してもその写真を使わせてもらっていた。この夏、彼が撮り続けていた写真の中から、先週のヒーバーでの一枚を買うことにした。
シュート裏は狭かった。わずかなスペースを確保して、準備を始めた。
ストレッチを始めたのは、ベアバックの代わりに最初の競技として行われたサドル・ブロンコが終わってから。エルコで知り合ったウェインが出場していたので、彼のライドを動画に収めた。それからシュート裏を離れ、車のそばで、ストレッチを始める。ロデオ・アリーナが夕闇に包まれていく。

写真家ジム・フェインがロデオ写真を展示・販売してくれている
写真家ジム・フェインがロデオ写真を
展示・販売してくれている

ブルライディングが始まるのは日が暮れてからだ。リプレイが右向きのデリヴァリーに運ばれた。彼にロープを巻いてから、私はチャップスとヴェストをつけた。私の出番は最後だった。それまで乗ったすべての選手が落ちていた。
ゲートが開いて、まずは小さく踏み出したリプレイ。次のジャンプでベリー・ロールを決める。そして次も。一回目よりもさらに彼の体がねじれる。両脚で、彼の体を挟み込んでいた私は、このときは落ちる気がしなかった。が、彼の前足が地面に着地するかしないかというときに、左脚の内転筋がはじけた。身体が左へ傾いでいく。三回目のベリー・ロールの時には、もう脚に力は入っていなかった。そのまま、真横に振り落とされた。
這っても、動くに動けない。頭も打ち付けたのか、ぐらついている。ブルファイターのケリー・ジェニングスとフィル・クロップに私は守られていたおかげで、落ちたあとリプレイから攻撃を受けることはなかった。
ケリーからロープを受け取り、アリーナから去るも、すぐにうずくまってしまった。左脚が重く、歩くときに顔がゆがんでしまう。ギアを片付けるのにも時間がかかり、シュート裏から車へ向かう頃には、バー・Tのスタッフがブルやブロンコにエサを与え始めていた。

バー・T・ロデオ社 508 Replay リプレイ
バー・T・ロデオ社 508 Replay リプレイ

左脚の大腿部をサポーターで巻きつけ、固める。車を走らせ、最初のガソリン・スタンドでビニール袋に氷をもらって、それを当てた。夜のフリーウェイは空いていて、クラッチを動かす左脚をそれほど使わずに済んだが、痛みをこらえながらの運転だった。
1時過ぎ、家に戻ってみると扉は開いていて、いつもは消してあるはずのキッチンの明かりが点いていた。静かで、もぬけの殻かと思ったほどだ。出かける前に来ていたルイも含めて親類の車は、みな止まったままなので、ここにいるはずだが、にしても扉が開いているのはおかしい。人の気配もしない。
デイブの部屋を覗いてみると、彼のベッドはきれいに片付けられていた。それを見て、何が起きたのか想像はついた。ルイの母親に電話したが、出なかった。ルイに電話して、彼がバーにいることを教えてくれた。もう飲むことをやめた彼が、バーにいる。
「デイブが(どこかに)行っちまったのか…?」そう尋ねると、「ああ、逝っちまったよ…」
ルイの母親は自分の部屋にいた。私が帰ってきたことに気がついていなかった。ただ一言「デイブは亡くなったわ」そう言って、目を腫らし、自分の部屋へ戻っていった。

夕闇に包まれていくロデオ・アリーナ この頃にはもうデイブは亡くなっていた
夕闇に包まれていくロデオ・アリーナ
この頃にはもうデイブは亡くなっていた


デイブは昨年12月に膀胱ガンに侵されて、手術を受けていた。その後も化学療法と放射線治療を続けていた。4月末からいったん仕事にも復帰していたが、ガンはその後も進行していた。7月に入って病状は悪化し、月末には余命6ヶ月と宣告されていた。
6ヶ月どころか、それからわずか2週間で逝ってしまった…。
亡くなったのは、午後4時46分。私が家を出て、間もなくだった。
私はキッチンのテーブルに、へたりこんでしまった。


クリックで拡大、ドラッグが出来ます

  

CONTENTS

PAGE TOP