Jin's Report 2013

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オーストラリア!!!

第2戦 11月23日

“The Great Western Classic”
クイーンズランド州ロックハンプトン

 

もうかれこれ13ヶ月ブルに乗っていない。2014年のシーズンのためにも、いくらかでも乗っておきたい。そんな思いが張り巡らされる中、オーストラリアの友人から夏前に送られてきたメッセージを思い出した。
「いつになったら、オレのブルに乗りに来るんだい?」
オーストラリア!?!
確かに、オーストラリアにもロデオはある。ブルライディングも盛んだ。PBRがカナダ、ブラジル、メキシコとともに支部を設けたのがオーストラリアだ。しかも、PBRの1998年のワールド・チャンピオン、トロイ・ダンはオーストラリア出身で、彼に続いて、続々と優秀なブルライダーがアメリカを舞台に活躍している。
メッセージを送ってくれたぼくの友人、ブライアン・ダガンに返信したのは9月になってから。南半球の初夏にあたる11月を、彼の地元で過ごせないだろうか、と聞いてみた。「とにかく練習がしたい」そう伝えた。
返ってきた返事は、それ以上に喜ばしいものだった。
「毎週2回、水曜日と金曜日に練習会をやって、大体2週間おきにブルライディングの試合を開催しているよ。泊まる場所もあるぜ」
「・・・これ以上の環境は望めない!」そう思って、すぐに飛行機のチケットを手配した。


牧場の開けた感じの写真

ブライアンと会ったのは、もう10年前。カナダ・アルバータ州に滞在していたときだ。お互いアマチュアで、PBRカナダの前身であるPCB(プロフェッショナル・カナディアン・ブルライダーズ)に所属し、ほかにもう一人のブルライダーと一人のサドル・ブロンコ・ライダーと一台のミニヴァンで、あちこち走り回っていた。4人で一軒の家をシェアして生活していた。
彼らがオーストラリアに戻って以来、まるっきり連絡も取っていなかった。というかお互いの連絡先すら知らなかった。10年というときを経て、ブライアンがぼくをフェイスブックで見つけてくれた!こういうときに、ブルライディングをしている「日本人」であることを、嬉しく思う。覚えてもらっている確率が高い!
彼の住むオーストラリア・クイーンズランド州ロックハンプトンという町に降り立った。大都市であるブリスベンから1時間ほどの小さな町だけど、ここはthe Beef Capital of Australiaというニックネームがついている。オーストラリア牛肉産業の中心地、ということだ。あたりは広大な牧草地しかない・・・。そして、オーストラリアの牛肉の輸出先第一位は、日本だ。つまり、この町で育てられた牛肉が、日本に送られている。この町に着くまで、そんなことは何も知らなかった。


ロデオ会場を外から撮影した写真

この10年という年月は、一ブルライダーだったブライアンを成長させた。選手としてもオーストラリアで活躍し、PBRオーストラリアでもそれなりの成績を残していた。5年ほど前に選手としては引退し、Roundabout Rodeo Companyという会社を立ち上げ、いまではストック・コントラクター兼ロデオ・プロデューサーとして、地域に貢献している。1年間に6~8回のブルライディング・スクールを主宰し、さらに週2回の練習会や、ブルライディングのイヴェントも彼が中心となって開催している。使うブルはすべて彼のブルで、いまではおよそ160頭抱えている。
その練習会やブルライディングのイヴェントを開催している会場が、町のはずれにあるGreat Western Hotelだ。ホテルという名前はついているが、宿泊施設は今は無く、完全なレストラン兼サルーン(ウェスタン・スタイルのバー)で、その横にロデオ・アリーナが併設されている。そもそもの歴史が古く、オーストラリアン・カウボーイたちに愛され続けてきた場所だ。

最初の試合は渡豪して間もない11月9日。散々な結果に終わった。
その2週間後の23日。『The Great Western Classic』と銘打たれた、このホテルの名前がついた試合。
20人のブルライダーが出場して、一人2頭乗る2ラウンド制。その第1ラウンドで当たったブルがLee Shrimp Bucking Bulls のブル#23 Dizzy Limit (ディジィ・リミット)。赤毛でそれほど大きくは無いブルだ。
観客席から見て右側のデリヴァリーに来た彼にロープを巻く……。

ブルの写真

この試合には、日本にいるときから出場を決めていた。少なくとも一試合は滞在期間中に出場したいと考えていた。とは言っても、オーストラリアでプロの競技会に出場することは考えていなかったので、こういう「オープン・ブルライディング」を選んだ。
ただ、出場している選手たちは地元の選手ばかりでなく、プロの選手もきていた。それなりのブルが揃っていることは、ブライアンからも聞いていた。優勝者にはバックルが贈られることも、聞いた。

出番がきた。
ロープを手に巻きつけて姿勢を取ったが、レッド・ディジィがアリーナ側を向いてくれない。さかんにブルファイターも彼の気を引こうとしてくれるが、反対側を向いたままだ。
「行けるよ。ゲートが開けば、彼は飛び出すから」とストック・コントラクターが教えてくれた。そこで、ゴー・サインを出した。

すぐさま右にターン・バックして、そのまま右へ回りこむ。2回、3回と回り込みんだあとに、キックを繰り出す。それが2回、そしてさらに右へ回転を増す。それらの動きに完璧について行けた。もう1回キックが入ったときに右足がはずれた。そこをこらえて残していたが、身体が左へそっていく。地面が目に入ってしまった……。目線の先に、落ちる。ブルライディングで言われることだ。
次のキックで振り切られた。それとほぼ同時に、ブザーが聞こえた。
乗れた?! 這いつくばって逃げる先にジャッジがいたので、確認をすると首を横に振られた。8秒に届いてなかった……。
あとから確認させてもらったら、記録は7.4秒だった。

屋根の上にあるブル像の写真

この第1ランドで、8秒乗りきったのは6人。
そして第2ラウンドでは20人全員が落ちた。
結果として、この第1ラウンドで乗り切った選手の中から優勝者が出た。
「れば、たら」の話は勝負事にはない。悔やまれるといえば、否定はしない。でも、これもブルライディングだから。

 

  

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