Jin's Report 2012

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第3戦 6月23日

【移動距離42.3マイル/約67.7km】
“Strawberry Days” Pleasant Grove, UT. (PRCA)
“ストロベリー・デイズ”
ユタ州プリーザント・グローヴ

昨年も出場したこのロデオ。今年も正規のエントリーでは外れたが、8日前にPRCAから電話があり、出場できることとなった。
ここのところ1週間のスケジュールが固まりつつある。日曜日から水曜日は休養とトレーニングにあて、木曜日と金曜日に練習、土曜日がロデオ。おかげで、ケガをして退屈していた頃に比べて、過ぎていく時間が早い。

木曜日にピート・ポウルセンのブルで練習し、金曜日は気分転換にと、ピートと共に馬に乗って近くの山を散策し、土曜日を迎えた。彼はこの日、アイダホでのロデオに出場するため、一足早く北へ向かった。私は彼の家からショーンの家に行き、そこで直前までステイショナル・バレルにまたがっていた。残念ながらショーンは不在だったが、知り合いのブルライダー、ジョシュがつきっきりで見てくれていた。
ロデオの開始は夜8時。ショーンの家からプリーザント・グローヴのロデオ会場までは30分ほど。6時を過ぎて、ジョシュと共にその会場へ向かった。
PRCAのメンバーには、自分の会員証のほかに「コンパニオン・パス」といって、誰でも一人ロデオ会場に連れて行けるパスが配られる。今回は、ジョシュにそれを渡した。ジョシュいわく、このストロベリー・デイズは、どこを見てもきれいな女の子でいっぱいらしい。そう言われてみれば、確かにそうだった。
ロデオ・オフィスでエントリー・フィー221ドルを払い、選手用に用意された食事をいただいた。それからブルを探しに行った。バー・T・ロデオ社の#624 Sport Duck スポート・ダック。これくらいの大きさが、いわゆる“普通の大きさ”と呼べるブルだ。白い体に黒い斑点が散りばめられている。
前日に86点を出し暫定1位のテイトをはじめ、すでに出場した練習仲間が観に来ていた。靭帯をケガして松葉杖をついているジャスティン、ウェイシィ、コーディ。この日の結果次第で、テイトが優勝するかどうかが決まる。



そのブルライディング。10人が出場した。私は5番目。
前の4人はみな落ちていく。その流れには逆らいたい。
ゲートが開いてすぐに、スポート・ダックは一歩前へ出ながら強烈なキックを繰り出し、跳ぶ。着地するときには、シュートを出るときに向いていた方向とまるで反対方向を向いている。そのまま勢いよく右へ回り込む。跳ぶ。回る。蹴り脚が高い。2回転目に入るジャンプに合わせて、身体を前に持っていけなかった。右腕が背中の後ろへ流れたために、右脚を道連れに身体も回転の外へ流れていく。背中から落ちたその場所は、彼が一歩を踏み出した最初の地点だった。ブルファイターのダレル・ディッフェンバックが瞬時に私をカバーしてくれて、私は後ずさりするようにシュートへ逃げ込んだ。

バー・T・ロデオ社 #624 Sport Duck スポート・ダック
バー・T・ロデオ社 #624 Sport Duck スポート・ダック

10人出場して、8秒乗りきったのは一人。テイトは、そのまま1位が確定してPRCAのロデオで初めて優勝した。
片付けをしながら私は、仲間やユタの家族に囲まれていた。テイトもジョーンズ一家の一人だが(ルイの従兄弟にあたる)、もう一人彼の従兄弟がアイダホから来ていた。昨夏、デイブの葬儀のときに初めて会ったジョシュア。まだ17歳のブルライダーで、今年アイダホ州高校選手権で6位に入賞したそうだ。この週末、家族と共にソルトレイクに来ていて、私が住んでいる家に泊まっているという。ルイの母親のアリーシャと話をしていると、私の車に乗って、一緒に帰りたいと言ってきた。
ソルトレイクの家までは1時間あまり。要望に応えて、一緒に帰ることにした。

「猪」という漢字をシルヴァーでかたどったネックレスをしている。聞くと、干支で猪年生まれだから、という。1995年生まれらしい。
1995年!私がブルライディングを始めた年だ。しかも私も「猪」だ。ということは、ちょうど二回り違うことになる。
絶句するどころか、共に笑い出してしまった。
彼の継父は43歳。とても仲がよく、ロデオ・カウボーイではないがとにかく協力的で、どこのロデオに行くときも必ずついて来てくれるという。
それからも、彼はひたすらしゃべり続けた。練習のこと、アイダホにおける自身のブルライディング環境のこと、州高校選手権でのこと、アルバイトのこと、趣味のこと。家に着くまでの1時間は、不思議な時間だった。年月の経過を実感すると共に、私がロデオ・カウボーイに憧れてこの世界に入り、プロを目指し、それを成し遂げ、いままた賞金を稼げない日々を過ごしている中、彼は私と話すことに夢中だった。

これもロデオの素晴らしさなのか?
ただ私の中で年齢に関する感覚が麻痺しているからか?


翌日、彼の家族がアイダホへと帰るときには、握手を交わし、肩を寄せた。お互いの次のロデオでの健闘を誓った。
お互いを「バディ buddy(仲間)」と呼んだ。

 

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